Vol.19 上原酒造 『杣の天狗』純米吟醸 うすにごり (滋賀県)


朝日に照らされた川端のせせらぎに、舞い降りる雪が染み入る頃・・・
辺りには蒸し上がる米の甘くて暖かい匂いが漂う。

今日も酒蔵の一日が始まる。
滋賀県の湖西、高島市にある上原酒造は1862年創業、500石程度の小さな蔵元です。
代表する銘柄は「不老泉」。

木桶はもちろん、全国に3軒しか残っていないという木槽も今なお現役、天秤の原理を応用し昔ながらの方法で3日間かけてゆっくりと酒を搾ります。

機械に比べて手間は3倍、搾れる酒は85%程度ですが、こうして丁寧に搾ることで雑味が無く旨い酒が生まれます。

又、酵母添加を一切せず、蔵に棲み付く天然酵母を呼び込み育てるという伝統的且つ独自の手法による山廃仕込みが大半を占め、独特の深みを持つ濃醇な味わいの酒造りが特徴です。

山廃を得意とする上原酒造ですが、私が今回お伝えしたい溺愛酒は山廃ではなくて速醸。
その名は『杣の天狗~そまのてんぐ~』です。

出会いは10年前、滋賀県を訪れた際にたまたま買って帰ったその酒はうっすらとにごり、梨を思わせるような優しく甘い香りを放ちました。

ひとくち口に含むと、とても軟らかく瑞々しくサラっと入って来ます。

それなのに意外とテクスチャーはしっかりとしていて、米の自然な旨味が舌にまとわりつきます。
そして心地よい刺激、自然な微発泡。
最後はキリッと辛味を感じさせつつも爽やかな余韻を残し消えていきました。
それぞれが突出していそうで、巧くまとまっています。

辛口でもなく甘口でもなく、これが“旨口”。

それはまるで個性的で自分をしっかり持っている上に、深い優しさと大きな包容力を兼ね備える男性の様。

この一口で私は恋に落ち、片想いが始まるのでした。

しかし再び味わいたくて酒屋を探し回るも全く出会えず、年月は過ぎ・・・
いつも気になりながらも記憶は段々擦れて美化された想い出になっていくのでした・・・
それもそのはず、限定出荷。あまり世に出回りません。

再会できたのは7年後のこと。
とある居酒屋さんでした。会いたかった、本当に!!

この7年の間それなりに様々な酒を嗜みましたが、やっぱり最も愛しているのは『杣の天狗』だと改めて感じることが出来た私は、行きつけの居酒屋さんに仕入れてもらい味わったり、一人でも多くの人にこの素晴らしさを伝えたくて勤め先の店で自らの手でお勧めしたり、有難い御縁もあり蔵元を訪れたりと、『杣の天狗』に染まっていきました。

そして出会いから10年経った今年は、垂れ口を唎かせて頂くという信じられないくらいに幸せな機会もあり、両想いになれた気もしています。

出荷された『杣の天狗』、今年は少々硬い気がします・・・例えるならば交際間もない、よそよそしい感じでしょうか。
しかし酒だって生き物、いつも同じ表情をしているわけではありません。
次の出荷分はまた違う表情をしているでしょう。
更に来年はまた違う表情をしているでしょう。
そんな楽しみ方も気付かせてくれました。

沢山の奇蹟と素敵な縁を運んでくれた『杣の天狗』に恩返しをしながら、この先も10年20年と一緒に歩み、愛し続けたいです。

出逢ってくれて、ありがとう。

データ
純米吟醸 うすにごり『杣の天狗』
原料米:高島産山田錦
精米歩合:59%
酵母:10号
アルコール分:17〜18度

上原酒造株式会社
http://www.ex.biwa.ne.jp/~furo-sen/

レポート:水澤瑠真

女唎酒師軍団が選んだ偏愛酒・溺愛酒